深い記事その2(オーディオに於ける音楽性とは何か?)

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1つ前の記事で紹介した「オーディオと音楽性」の
参考記事として紹介されていた、

オーディオに於ける音楽性とは何か?@ぱるてるぴあの
http://www.audiostyle.net/archives/52009081.html

こちらの記事から気になったところを引用して紹介しつつ、
私が思ったことを書いてみようと思います。

しかし、Twitterで凄いこと話されてますね。
このお二人に交じって私の方から新しい視点を
提示できる気がしません。

約8000文字の記事なので、時間がある時にのんびりとご覧下さい。

登場人物

・ぱすてるぴあのさん:ピアノ弾き
・クレオパトラの白昼夢さん:録音エンジニア?
・私:ただの素人

私の音楽性についての感覚はぱすてるぴあのさんに近く、
音の好みはクレオパトラの白昼夢さんの方に近いのかなと
そんな印象を受けました。

ここから記事の引用です

オーディオに於ける音楽性とは何か?@Twitterログ1


ミニコンポだって、ちょっとコツを掴むと、それっぽく鳴らせるんだよ。まっ、クオリティって意味では安物だけどさ。でも音楽はまず歌わなきゃはじまらないし、グルーヴとかソウルが感じられなきゃね。


>ノー・グルーブ型のオーディオほど困るものはこの世にない。そうなったら、演奏は死んだも同然だ。
これは所謂、音楽性の欠けたサウンドというやつですね。

ここまでは「音楽性とは?」の前提のお話。


音楽性が無いと云ったって広すぎる。じゃあ、ブルースが無いとかグルーヴを感じられないとかと言ったところで、明確になる訳でもない。でも、これも、ピンと来る人にはすぐ分かる。分かる人には伝わる。

「ピンと来る人にはすぐ分かる。分かる人には伝わる。」

これが真理ですよね。分からない人には永久に分からない。
音楽性なんてある訳ないと言い出して喧嘩に発展する光景を、
もう数百回と見かけた気がします。


自分の中での音楽性の定義は細かく別けると色々ありますけれども、ピアノ弾きとして幼少期から確信しているのが、音が生きているのか死んでいるのかです。
これはオーディオ機器のみならず演奏家も同じで、音に無意識で命を吹き込めるのが才能ある弾き手です。突出した運動神経と同じく、音楽的才能をお持ちの方は少数です。後天的には学べない何かです。

無意識で命を吹き込めるのが才能なのかもしれませんが、
トラーゼのスーパーピアノレッスンの動画を見ていると、
自分の内面を楽器を通してどれだけ表現できるかが
演奏家として活躍するには必要なのかなと感じました。

スーパーピアノレッスンの生徒さんはみんな才能がありますし、
レッスンの前後で驚くほど表現力が増しますから、
才能というものは存在するけれど、才能を神格化するのは
よくないと私は思っています。


元々才能の無い教育者が、更に元々無い才能を磨こうとして、スパルタ的努力と魂の伴わない技術論に走る。芸術表現が技術の正確さとすり替わり、数少ない音楽的才能ある若者の多くは、才能を見抜けない教育者の誤認と周囲の嫉妬で、出るべく芽を摘まれたりする負のスパイラルだったりします。

これは凄くよく分かります。
私は自分でも他人でも芽を摘まれるのは嫌だと思っています。


オーディオ機器の場合でも、つまるところ音決めをする設計者が、先天的に音楽の才能があるのか?音楽のいのち(命・魂)を感覚的に掴む力があるのかという点に帰結すると考えてます。表現手段が楽器か機械かの違いだけです。尚、ここで言う音質と音楽性は全く異なる評価軸でもあります。

私もほぼ同じ見解ですが、オーディオ機器は楽器ではないので、
後天的な音楽の才能があればいいのではないかと考えています。

ここで言われている「音楽のいのちを感覚的に掴む力」
というのは、後天的に十分獲得できると私は思っています。
(私が後天的に獲得できたと思っているからですが)


但し聴き手に音楽の本質を感じる能力があったとしても、現実に手段を弄るノウハウや機器を手にする選択肢が無ければ、まともな楽器が無いのと同じでスキルアップも出来ませんが。

私はDynaudioのスピーカーを使うまで音楽を聞く能力を
全く伸ばせなかったのですが、まともなスピーカーがないと
スキルアップはできないと、つまりはそういうことですよね。

機器毎に異なるサウンドバランスについて@Twitterログ2


人間は見たいモノしか見えない、聴きたいモノしか聴こえない・・という言葉があるように、全体をバランス良くするには、聴き方の鍛錬も必要だし、調整する「技」が必要です。

鍛錬の方法はあとで出てきますが、
私が提唱しているものと基本的に同じです。
同じ曲を延々と聞くというものですね。


全体をバランス良く俯瞰するのは難しいです。私もクラシックばかりですので、クラシック音楽で音合わせをするとロックポップスジャズが全然鳴らなくなってしまう。

これには同感される方が多いのではないでしょうか。
特にクラシックを基準にすると、
他のジャンルが極端に辛くなる傾向があると思います。


複数システムの利点としては、Aで駄目だと感じたCDがBでは良かったり、Bで駄目なのがCでは良かったりする。その逆も然り。再生機器というフィルタの種類が変わることで、音源への自分の評価がしばしば激変します。1つの視点からのみで好きを嫌いを決めるのは勿体ないです。

この「勿体無い」という感覚は、
音楽に直接触れている方ならではの観点だと感じました。
私は評価が変化するのは何かが間違っているというスタンスです。


僕は評価が激変するときは何かが違うと思っています。大きく違うときは、どちらかが生理的に気持ち悪い音がでている事が多いんです。

クレオパトラの白昼夢さんも私と同じスタンスですね。


再生装置で音源の評価が変わってしまう件は、自分の場合、物理的、生理的に音質が違う事よりも、生演奏時の音楽性がスポイルされずに聞こえてるかどうか?の視点からです。装置Aでつまらん演奏だな~と思ったのが、装置Bでは活き活きと聞こえる。逆にBで酷いな~と思ったのに、Aでは素晴らしかったり、精神性を感じたりする。どちらも元は録音時のバイアスがもたらす悲劇です。

視点とバイアスについての部分は私には分からない高度な内容のようです。

ここでは、素晴らしく感じる機材が必ずしも正しいとは限らない、
という視点が大事なのかなと思います。自分の中での評価が定まった
音源をいくつも聞くようにすると、この悲劇は回避できると思います。


でも曲毎に聴くオーディオ機器をとりかえるなんて、面倒なんです。音楽を聴く気分を中断されてしまう。そういうこと(音質的な気がかり)を忘れさせてくれるのが、完成度の高い優れたオーディオだと思う。

異論なしです。


中途半端な高級品は、オーディオの音に振り回されて音楽の評価に迷いが出る・・ので、小型シングルコーン一発で聴いている・・と、かつてベテランのジャズ評論家が言っていました。ある意味で的を射た発言だと思いました。

フルレンジって基準として使うと本当に優秀ですよ。

クレオパトラの白昼夢さんのオーディオ論@Twitterログ3


1曲を完全に鳴らし切ったと確信をもてないウチはあれこれ10曲掛けても鳴る分けない。ノンジャンルで10曲鳴らせなければ100曲鳴る筈もない。オーディオが音楽の中心軸を射抜いていれば鳴る。旧い録音はナローレンジなだけに、音楽の要、中心軸が明確にある。この軸にピッタリ合うように現代装置をチューンする。軸が外れると、音楽にカビが生える。だから分かりやすい。現代録音は鮮度が高くワイドレンジだから、中心軸が多少ずれていても、とりあえず綺麗で響きがあってイイ録音だなあ、という音になってしまう。ここに落とし穴がある。

いろいろと調整について細かく書かれていますが、


凄い、本当に凄い演奏は、そういう障壁を乗り越え、突き抜けてくるんだ。YoutubeとパソコンのSPで聴いてすら、バド・パウエルの強烈なタッチは心に突き刺さってくるんだ。それを聞き取る心のアンテナ、感度あげていこう!

ここに結論を持ってくるのは、
正しいのものを見ている方ならではなのかなと感じます。

私の場合、だから高い機材と厳密なセッティングと
優秀録音を兼ね揃えないと鳴らない○○の音は間違っていると、
ピンポイントで言ってしまいたくなります。


しかし旧譜の凄いところは他にある。選ばれた人しか録音できなかったから、巨人巨匠天才ばかり。まず、出音(デオト)が圧倒的に違う。しかも一発録音である。少ないマイクで空間感がナチュラルである。などなど。現代では出せない良さが沢山ある。

今はこれがスタンダードなんだと思考停止して、昔のよさや
なぜ今と昔で差があるのかについて考えない人があまりに多いので、
こういう視点はとても大事だと思います。


ロイ・デュナンの名録音んで知られるコンテンポラリーレコード。ここの作品群は、装置がナチュラルで、力づくでなく軽々と反応する装置になれば成る程その良さが満喫出来る。ロイ・デュナンは、ノイマンのマイクをも改造し、接点を減らし、録音経路の不要なところはバイパスするなど出来るだけシンプルにして録音していた。強調感で作らない「生の鋭さ」を感じさせる名録音が多い。

「強調感で作らない「生の鋭さ」を感じさせる名録音が多い。」

こうありますが、強調感という言葉を
ちょうどphile-webさんの記事でも見かけました。

ラックスマン 長妻氏
http://av.watch.impress.co.jp/docs/series/takumi100/1071289.html

私は強調感のある音が苦手なので、強調感が必要だという
認識になっていること自体が理解不能だったりします。


オーディオ技術の発展方向は、基本的に低歪み、ワイドレンジ。その方向の永遠の彼方に、完全無欠の忠実伝送がある。昔の機器の方が、人間的な味わいが濃いモノが多いと思う。完全無欠な伝送系性能を持つ電気音響機器は存在しない。それ故に人間の感性による補完の余地が生まれる。不十分な音質の電気音に違和感を感じる人は多く、そこを適度に補完して音楽としてのバランスを取る。

不十分な音質の電気音に違和感を感じる人は多いと思います。
私もその一人です。


細かな調整というのは、一ヶ所での変化が小さくても、同じ方向に向けて10箇所も調整していけば、誰にでも分かる大きな改善になります。だから一箇所の小さな改善を鋭敏に聞き分け、的確に、自己の内にある北極星にぴったり向くように合わせるのです。自己の中に北極星がないと、音の調整はどうしていいか分からなくなります。(蛇足ですが北極星とは内なる判断基準のことです。)

これは録音エンジニアならではの見解かもしれません。
凄いですね。


素材レベルで低歪みにしたオーディオ機器の多くは素直で、下手すると弱々しいくらいで、メリハリ感が少なく感じる。だがそれはデジタル写真をRAWで見るような状態で、実はため息が出るほど階調が豊かである。

金額について触れていないところに闇を感じますが、
そんな機材・・・いくつもなかった気がします。

・素直で、下手すると弱々しいくらいで、メリハリ感が少なく感じる。

こう感じるハイエンド機器を私は挙げられませんが、
これらの言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶブランドはLINNです。
機材としてはAKURATE/DSあたりが最も適当かなと感じます。

・ため息が出るほど階調が豊か

私の感覚だと、LINNの機材はこちらの要素をどうしても満たせなくて。
私のシステムの音を辿ると、TA2020とPowerCDを使っていた頃の音が
メリハリは少ないけど階調が豊かだったかなと感じます。

最近の機材はあまりにも強調しすぎです。


一般的にPAの音というのは少々雑なところがある。音の質感とか、グラデーション、陰影・・そういうモノが希薄になる。そういうPA的な乱暴さを持った装置では、仄暗く内省的なバラード演奏なんかの魅力が出てこない。

・音の質感とか、グラデーション、陰影
・仄暗く内省的なバラード演奏なんかの魅力

いい表現をされるなと思います。
質感やグラデーションという表現は私もよく使っています。


オーディオ機器というフィルターの効果で、生の原音には存在していなかった”音楽性”が付加されて演出されるケースがままあるという見本ですね。どこまでが生の音楽で、どこからが後から付加された演出なのか?これを聞き分けるのは大変に難しいです。

演出を聞き分けるのが難しいのはわかりますが、
現場の音を聞かない限り不可能なのではないでしょうか。
実際に聞き分けできているのなら、それは物凄い感覚だなと思います。

付加された演出はあって然るべきですが、
「生の原音には存在していなかった音楽性」というのは、
少なくとも私は感知できた記憶がありません。

音楽性は減っていく一方なので、私は音楽性をどれだけ
維持できているのかと音楽性の絶対量ばかり気にしています。

録音とリマスター音源が内包する問題@Twitterログ4


遙か昔のオラが高校生の頃なんて、小遣い貯めて、月にたった1枚のLP買うのがやっと。他に聴くソース無いから、毎日そればっかし。訳が分からないような、永遠と続くコルトレーンのソロを、もう訳も分からず、聴くしかない。気が付くと、いつのまにか耳が慣れてきて、フレーズの中にメロディが浮かび上がってきて、何かが見えてきたんだな。大切なレコード、途中で針を上げたり落としたすると傷つけるから、最後までひたすら聴く。あれはいい修行になったね。

これが上で紹介した、音楽性を知覚するための鍛錬法になります。
これがどれだけ大事なのかは実際に行った人しか理解できません。

参考記事はこちら
http://purepure.wp.xdomain.jp/archives/3537


リマスター盤聴いて、音が薄く聞こえたときは更に気を付けて聴く。直感を一旦止めて、分析する。歪み感はどうか。レンジ感はどうか。個別の楽器の音色バランスはどうか。ハーモニーは壊れていないか・・など。コスト制限などで、歪みも上手に使って音の厚みを演出している装置だとワイドで低歪みな処理をしたリマスターが薄く聞こえることは珍しくない。

リマスターはあらゆる意味で薄いなと感じる事が多いです。


私はリマスターを薄いと感じたことはあまり無いですね。大抵は高域方向の音が汚いとか、化粧されすぎて濃いとか、あった筈の響きが無くなってる、もしくは電気的な響きが付加されている違和感です。あと音楽性が消える。

私もこちらで言われている違和感を感じることが多いので、
お二方の感覚の表現と少し違う表現をしているのかもしれません。

私はリマスターを忌避していて、いいものにはほとんど出会えていません。
たった1社、アナログコンソールを使ってリマスタするメーカーだけは
音楽性が増していて驚きました。

現代ハイエンドオーディオの音質的問題@Twitterログ5


プアなオーディオでも音楽は確かに聴けますが、受ける感動は、オーディオを知らない人が思う以上に、音質に影響されているものです。大雑把な傾向だけど、ハイエンドオーディオといわれるモノでも、殆どが低音不足に聞こえる。

受ける感動は想像以上に音質に影響されていると私も思います。
低音不足とありますが、普通の人が意識する低音とこちらで
言われている低音は、周波数的に相当違うと思います。
ここで言われている低音は、オーディオ的な低音ではないでしょう。


近代ハイエンドの一大特徴が、ホログラフィックな仮想現実的音場感と、ハイスピードで繊細、より高解像で高品位な音質ですね。(私がメインで追求しているのもこの方向だったり・・・)おしなべて低域の質や音像の実体感は二の次になりがち。録音再生装置共に、この空間再現をベースに「創られた」世界と、音像の実体をベースに「作られた」オーディオ及び録音とは非常に相性が悪いのではと感じます。


正直に言います。この手の音が苦手です。中低音域の厚みが無く実体感を感ぜず人工美に思えるからです。

創られた世界を構築するのはアップサンプリング系に多いです。
なお、実体感を意識するとアップサンプリング系は相性が悪いです。

私は人工美が自然に感じるならそれでもいいと思っていますが、
人工美と言っているのはそこに違和感があるからで、
例えば人工美に枯山水くらいのものが表現できていれば
それは機材側の演出だからダメとは言えないと思っています。

オーディオ用語の定義について@Twitterログ6


B&Wのノーチラストゥイーターの音は、そのままでは多くの楽器で完全に生音のスピードを超えてると思うんです

私もそう思います。


オーディオ聴いていて、ハイスピードって言葉が出てきたら大抵の場合、高音中音低音の反応速度が揃っていないとき。全部揃うと、むしろゆったりするんだよなあ。

私はシステムの反応速度について知覚できる自信はありませんが、
経験上、スピード感が表現できているとゆっくりに感じることは知っています。
なので、私はスピード感を感じる音は間違っていると思っています。


大体生演奏の音質で、ハイスピードなんて言葉思い浮かばない。

そういうことです。


その辺(オーディオ用語の感覚表現)はあんまり難しく考えずにざっくり適当で良いのかなと。ハイスピードとか位相がどうこうの定義にしても、自分の場合は昔オーディオアクセサリー誌で井上千岳先生が連呼していて、その製品を視聴したり実際に使ってみて、こういう音を評論家は便宜的にハイスピードと呼んでるのねぇ、、、と理解したような感じです。

オーディオ用語は、こういう解釈の仕方がいいのではないでしょうか。
結局、全部自分で積み上げるしかないということなのかも知れません。


で、いかにそういう言葉を連想しない音にするか腐心し、主役たる音楽演奏に意識が引っぱられる音でありたいと。

この視点はすごく大事だと思うんですよね。
ハイスピード、高解像度、ワイドレンジという言葉を意識した機材で
いい音が出ている例を見たことがありませんし。


求める先はオーディオの存在を忘れさせる音ですね。で、それをまたナチュラルとか色付けが少ないとか原音再生とか文学的に書くと、色々理解の齟齬が生まれて揉めると(爆)

私の場合は少し違うかも。

オーディオの存在を忘れさせる音を目標にするのは正しいと思うのですが、
(決してスピーカーが消える音ではない)
そういう音は、ナチュラル、色付けが少ない、原音再生という用語は
適用できないと私は思っています。

これらの用語の今の一般的な使い方を踏まえると、

・ナチュラルという脚色。(ex.外国人に日本語上手ですねと言う感覚)
・色付けが少ないという脚色で音源の音色が全部消えてしまう。
・原音再生が何か分からず、色付けが少なければいいと考えて
 音色が消えることを原音再生と勘違いしてしまう。

こんな感じになっていると感じますので。
なので、1つ上で引用した、

いかにそういう言葉を連想しない音にするか腐心する

・ナチュラルという言葉が浮かばない
・色付けが少ないという言葉が浮かばない
・原音再生という言葉が浮かばない

そういう音が正しいのだと私は思っています。


オーディオ用語は基本敬遠されやすい。その否定の方向性は概ね3つ。(1)初心者、(2)抽象表現が理解できない、(3)逆に国語にとても敏感かの何れか。

(3)が挙がってくるあたりが本当に凄いなと思います。

オーディオ用語を理解する方法♪

他人の言葉の評価だけで物の価値を判断しないこと。最終的な結論は自分の耳と感性で下す、決める。

全てはここに帰結するのではないでしょうか。

内容もそれを表現する言葉も凄いなと

こういう説得力を持たせる言葉を使えないところが、
私の弱いところなんですよね。

延々と努力を続けていてコレなんです。
文才が無いというのは、こういうことなんだと思います。

私が試行錯誤した道は意外とズレていないのかも

いろいろ深いお話がありましたが、大筋はほぼ私が試行錯誤して
出した結論とほとんど同じ視点のものばかりでした。

私がオーディオについて出した結論や視点の多くは一般的な
オーディオファイルの方々とは大きく異なるものばかりでしたが、
意外と正解からはそんなに外れていないのかもしれません。

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