オーディオで彷徨っている方への金言集になるかも

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・出音をどう捉えるか
・何を目標とするか

この2つがどれだけ大事なことか、
それがこちらのサイトの記事を読むとよく分かると思います。

B&W805d3だけを鳴らす逆戻りオーディオ

今までは脚色の濃いスピーカー(アマティ、ガルネリ)を使っていて、
そこからB&W805d3に切り替えた方です。
さすがに私でもアマティやガルネリは音色じゃなくて脚色と書きます。
音色の幅が広い訳じゃなく色温度が一様に変わるように聞こえますので。

見解の違いが本当に面白くて

機材の大まかな音の捉え方は私と似ている部分が多く、
機材の細かな音の捉え方は私が足元に及ばないほど細かく、
音の印象は近いのにそこから導き出される結論が真逆になって
いるものが多い、そんな、私が読んで勉強になると思ったサイトです。

※真逆になるのは機材への評価です。大局観はかなり似てると思います。

全部読んだ訳ではないのですが

適当に見て、気になった表現をいくつか。
参考になるものが多くて、切り出しをやり始めたらキリがないです。

音の捉え方は同じなのに評価が正反対になる例

アキュフェーズC2850の試聴記
http://mcintosh.exblog.jp/26022529/

誰も皆美人であって、その点から面白みに欠けると言われるだろう。画一的で抑揚がまるでなく、情熱までも数値化してしまい、サイボーグ化、ロボット化された最高美の花を、決して枯れることなく見続けることを可能にする。

私はC2850は聴いたことがなくてC2820止まりですが、
アキュフェーズの音質傾向として上記のように書かれると、
うん、そうだよねと思います。で、私が視聴して上のように
書いた場合、その機材はもう二度と聞くことはないのですが、

相手としては不足を感じない、私には「分相応!?として程よいハイエンド」として、どストライク!の製品である。

とあります。

面白い。実に面白いです。
データは同じなのに結論が真逆になる論文を見ている気分です。

オーディオに夢中になって音楽を聞かなくなる例

ピアノブラックは埃や汚れに弱いが、音質は最高だ。
http://mcintosh.exblog.jp/26075003/

そうそう、大体クラシックファンなのに本格オーディオを始めて、のめり込めば込むほどクラシックを聴かなくなっていた。

ここ以降の内容は必読だと思います。
(さすがに長いので引用を躊躇しました)
何を目的にするかという点を見失うと散財します。

そして、

今は805d3で100%私のペースで音楽を鳴らしている。スピーカーを変えるだけでここまで生活が変わるとは想像以上だ。

こう締めくくられているということは、
この方にとって805d3が合っていたということなのでしょう。

音楽を聴かず音を聴くということ

分相応ハイエンドってあり?
http://mcintosh.exblog.jp/25997512/

・音楽を聴かず、低域が多く収録されている「曲の音」だけを聴いていた。
・一端音楽が再生されると、どうしても、長年の癖で、低域を探している自分がいる。音楽を、曲のメロディーを聴かず、低域がフワッと来るところを探している。探し続けている。
・クラシックコンサートではオーディオ的な低域は全くない。

・以前の私なら「分相応」なんて単なる「負け」と思い込んでいた。
憧れが極めて強かった。

・迷っても、ゆっくりと進んで行くこと。
一歩ずつ進むこと。絶対に過信しない事。

目的を見誤ると陥る泥沼の典型例がずらずらと並んでいます。

しかし、長年の癖からよく抜け出せたものだと思いました。
価値観を変えるのは口で言うほど簡単ではありませんよ?

金言の宝庫。何を目標と定めるか

比較試聴(最終回)
http://mcintosh.exblog.jp/25946777/

自分にとっての良い音とは一体どこから来ているのだろう。
何を期待しているのだろう。
そして、音に自分の人生の「何を求める」のだろう。

これらを決めてから高い機材を買いましょう。

さもすると、「誰々が良い音と言っている」から「いい音なんだ」と自分を説得し続けて、その「肩書のいい音」を理解できない自分を否定し続け、結局自分の好きな音ではないから、迷走後、散財する。

上の内容はいつも私が主張していることですが、
私とここまで同じ内容を書いている記事は初めて目撃したかも。

信じるべきは自分の感覚、目指すべきは自分が求める音。
目を向けるべき個所は常に自分の感覚と心にあります。

以前、ステサン別冊で菅野沖彦先生が、「僕等は想像力に乏しいのかもしれない。想像力溢れる人なら携帯ラジオからの音楽に感動し涙する事が出来るから」といった趣旨の事を対談されていた。

少し前の記事で私が書いた内容が参考になると思います。

私に絶対的な音質のよさがどうしても必要な理由
http://purepure.wp.xdomain.jp/archives/4085

想像力が無いことを自覚した上で進めばいいだけのこと。
私はこれをマイナスだと全く思っていません。
自分に無いものを有るように見栄を張り、何かいいことがありましたか?

失敗を認めることや自分に無いものを認めることが
負けなのだと、何故錯覚するのでしょう。

E600内臓のプリよりも手持ちの「安価な」パッシブボリュームの方が圧倒的に音楽的表現、静寂性、緻密さ、SN、そして滑らかさが高かった。ブスが美人を押し抜いて勝ってしまった際たる例だが、そんなことなどそこら辺にいくらでも転がっている。

価格が高い製品を美人と見なすことがそもそも間違いなのではないかと。

私の場合、私が求める音を私が聞く音量で得るには
フェーダーが一番効果的だったのですが、
そこの顛末は過去のブログとともに消えてしまっていますか。

失敗談を書いて頂いているのが本当に有難いです(11/2追加)

こういう情報が手に入る今は本当にいい時代ですよ。
昔ならひた隠しにされて『一度泥沼に落ちることに意味がある』と、
そんな考えが当たり前のようにまかり通っていたでしょうから。
失敗談をみんなで共有すれば泥沼に落ちる必要なんてなくなるのに。

オーディオは自分で聴いて選びましょう。
それ以外にいい機材や自分に合う機材を選ぶ方法はありません。

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