私が30年以上体調不良を引きずった割に後悔していない理由

スポンサーリンク

正直言って公開するつもりはなかったのですが、
私がどれだけ必死でこのカテゴリの記事を書いているかを
伝えるには、公開した方がいいかなと思いまして。
最近、鍼の先生が随分と気にされているので、
一度自分なりにまとめてみようかと思ったのがそもそものきっかけ。

私が後悔していない理由について軽く触れた記事はこちら

これほど私に都合のいい状況が今まであっただろうか
26時半から書き始めとか・・・、うん、まあ、頑張ります。 時間がないので乱文です。推敲しないとこれだけ酷くなります。 一回推敲してメタメ...

ま、こういう記事が好きな方だけ読んで下さい。

私は人がどういう思考で動くのかを知るのが大好きなので、
こういう内容の記事ばかり読んで、
こういう内容の記事ばかり書いてしまいます。

推敲が足りていないと思いますがキリがないので公開します。
変なところがありましてもご容赦頂ければと思います。

鍼の先生が気にされていること

30年以上も体調不良を引きずったのだから
それが無かったらいろいろなことができただろうに。
もし、体調を悪くする習慣をしていなければ、
力を存分に発揮していろいろなことができただろうに。

そう思うと、後悔することで一杯にならない?
という感じでしょうか。

途中で一度、大きく思考が転換しています

鍼の治療によって体調不良の下降トレンドが転換したことが
私にとって奇跡そのもので、その前後で思考が大きく変わっています。
石川智晶の「GIFT」の解釈はまさに転換した私の思考そのものです。
(なお、身体はまだ全然治っていないです)

トレンド転換することなく動けなくなっていたら、
後悔よりも恐怖に苛まれていたことでしょう。
私の場合、この恐怖を何とかしたくてずっと頑張ってきたと
言っても過言ではありません。

上で書いた後悔も、多分他の方の後悔とはちょっと違っています。
私の後悔はやるべきことができなくてごめんなさいという後悔であって、
普通の人ならできたことができなかったとか、
普通の身体ならいろんなことができたのに、という後悔ではありません。

小学1年の頃からあまりに大変すぎて「普通には生きれない」と
覚悟を決めていたので、あれもしたいこれもしたいという思考は
最初から捨てていたのが逆に幸いしています。

ざっくりと理由と解説を

いくつか理由はあるのですが、ざっくり書いていきますね。

体調が回復する前

・最初から普通の道は歩けないと思っていたから

・周りの人を羨むことはなかったから

 これがあったので普通の人ができることができなくても平気でした。
 理由は自分でもいまいちよく分かっていませんが、
 そこそこ才覚に恵まれていたのも理由1つでしょうし、
 私にとってやるべきことが一杯ありすぎて、他の人のことをあれこれ
 言っている場合じゃないとずっと思っていたのも理由の1つでしょう。

・体調不良がなかったとしても大差ないと思っていたから

 上の内容と少し被りますが、才覚にはそれなりに恵まれていました。
 それと同時に出来ないことも沢山ありましたから、
 体調不良がなくて全力で動けたとしても東大には入れなかったでしょうし、
 国体に出場することもできなかったでしょう。

 ま、世間の定規で測ったら私の持っていた才覚なんてその程度という
 自覚はありましたので、体調不良がなかったとしても大した差はない
 という結論に至っています。

 頭のいい方や要領のいい方ができるようなスマートな手法は
 体調不良がなかったとしてもできなかったですし、
 私が取る戦法はいつも愚直で真っ直ぐで面倒くさい正攻法だけでしたし。
 要領が随分と悪かったので、体調不良があろうがなかろうが大差無いです。

・どうにかしないと大変なことになる、という焦燥感があったから

 これが前述の恐怖に繋がっています。
 なぜ焦燥感が最初からあったのかは分かりません。
 今は、焦燥感を持たなくていい理由が分かりましたので落ち着いています。
 分かったのはつい3ヶ月前でしたけど。

・30年で寿命が尽きると思っているから

 自分の未来を想像できなかったので。
 今もそういう思考は苦手ですね。

・こんな私でも、こんな私だからできることがある、ということが分かったから

 これを学生時代の時に獲得したのは大きかったです。
 人を助けることができていなかったら、今の私はありません。
 人を本気で助けたら、助けた側はそれ以上に救われるのでした。

 別の記事で「人を助けるのには覚悟がいる」という記述をしましたが、
 覚悟があるとできることはとても多くなります。

体調が好転したのち

・体調不良がなかったら、間違いなく親の二の舞になっていたから

 私が体調不良になっていなかったら、今のこのご時世の通念である
 「有益な価値を生み出さないものは悪い」という考え方に縛られ、
 調子がいい時は気分良く暮らせていたでしょうが、
 体調を崩した時、状況が悪くなった時、今の私が経験した辛さよりも
 遥かに厳しい状況に追い詰められていたでしょう。

 それを思うと、体調が悪くてよかったと思うまであります。

・回復は不可能だと思ったのに、回復するようになったから

 私の取った戦略は「回復は諦めないけど回復するとは思わない」です。
 120%の力を30年出し続ければ状況が好転するよと言われて
 実際に頑張れる人がこの世にいますか?
 いる訳がない。

 回復への期待をするほど疲弊するのは分かっていましたから、
 心を消耗しないことを優先していました。
 そこから回復に転換したのですから丸儲けですよ。
 マイナス分なんてありません。

・もがいたことが無駄にならず、利子がついて沢山帰ってきたから

・今、受け取っているものがとてつもなく大きいから

 今までの出来事でマイナス分とプラス分と
 皆さん各自で挙げてみて、どちらが大きいか考えてみましょう。

 私の場合、

 30年以上も体調不良と格闘を続け、その期間の時間と貯金のほぼ全てを失い、
 努力の割に報われなかった事実と、そこそこ恵まれた才覚を有効に使えず、
 無駄にすり減らしたというのが私のマイナス分。

 長年の格闘で感覚の鋭さを手に入れられたこと、
 私がずっと欲しかった答えがいくつも手に入ったこと、
 運気の流れが変わってからの状況の動き方に驚いていること、
 私の体調の回復のために多くの方の力を借りていること、
 これが私のプラスの分。

 私はプラス分が大きすぎて枠を超えてしまっています。
 たった30年そこらの損失でこれほど貰っていいのですかと思うくらい。

そんな感じなので、私は別に後悔していません。
これで後悔していたらバチあたりもいいところです。
嬉しいことで一杯です。

GIFTは才能じゃないと何度も書いているのはそういうことです。
あまり伝わらないでしょうけど、これからも書いていきますよ。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
TrackBack URL :
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

/////////////////////////////////// // ★Amazon用JavaScript /////////////////////////////////// ?>