永田さん関連で見つけた深いツイートを1つ紹介します #永田カビ

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「自分もある意味障害者」と思えるかどうかが分かれ目なのかなって思った。

そこは確かにそうなのですが、
いざ実際になってみないと分からないですよ。
こればかりは普通の人が理解できなくても仕方ないと思います。

ええと、そうじゃなかった。

上のツイートにある「障害者の扱いに関する3つの別々の記事」ってのが
なかなかな記事だったので1つずつ紹介します。

主題と書いている内容がズレるこの妙味はなかなか。
私みたいに書きたいことがありすぎて脱線するのとは
少し違うように見えます。

※内容が多すぎて推敲しきれていません。
 変なところがありましたらご容赦下さい。

Twitterの記事に引用されている3つの記事

弱者の気持ちは、自分が弱者にならないかぎり分からない

相模原殺傷事件の犯人が書いた「障害者は不幸を作ることしかできません。」について

記事を抜粋していくつか解説していきます。
文脈的に少しおかしい部分があるので、
文章をコピペして作られた記事かもしれません。

数年前、私が病気と無縁であったころ、正直、障がい者は邪魔な存在でした。足手まといにしかならない存在であり、この世の中において必要性が見出せませんでした。必要のないものは捨てればいいと思っていました。

これは相模原殺傷事件の犯人の思考と同じです。

私は自分が弱者になるにつれ、他者を必要とし、大事にすることを覚えました。そして、他者を大事にすることが、本当の強さであることを知りました。本当の強さは肉体の強さではなく、心の強さであり、他者を思いやる心です。

この人はよほど幸せな環境にいたのでしょう。
介護される身でありながら、
「他者を大事にすることが本当の強さ」なんて言えるのですから。

自分を介護してくれる人がいないと生活が成り立たないのに、
そんな人達を「大事にする」なんて言ってしまうのですよ?
おかしいじゃないですか。

だからこそ、

だから、「障害者は不幸を作ることしかできません。」と相模原殺傷事件の犯人は考えているようですが、この考え方には首をかしげます。物事の味方が悪い方に向いてしまったのだと思います。

こういうおかしな一文が出てくるのでしょう。

相模原殺傷事件の犯人は弱者の立場になったことがないから
「障害者は不幸を作ることしかできません。」という考え方で
固まってしまった、ただそれだけなのですから。

「感動ポルノ」という強烈な風刺

障害者を傷つける、私たちの「感動ポルノ」の刃

私はこちらの記事で初めて「感動ポルノ」という風刺を
目撃したのですが、ぐぐってみると46.7万件もありました。

「感動ポルノ」の元々の由来ですが、

「障害そのものは、何も特別なことではありません。でもあなたの障害に対する意識について考えることは、あなたを特別な存在にします」
 障害に対する意識――。みなさんは、この言葉の意味がわかるだろうか?  
 実はこれ、2014年12月に32歳で亡くなった、車椅子のジャーナリスト兼コメディアンのステラ・ヤングさんが、常に私たちに問うてきた有名なフレーズである。

このステラ・ヤングさんが始めに言ったようです。

ステラさんの公演の内容の一部と思われる内容が
記事にありましたので、その部分を引用します。

・“ポルノ”という言葉を使うのは、ある特定のグループに属する人々を、他のグループの人々の利益のためにモノ扱いしているから。障害者を、非障害者の利益のために消費の対象にしている。
・健常者が良い気分になれるように、障害者をネガティブな存在としてモノ扱いする。自分の抱えている問題が大した困難ではないと、違う角度から見られるようにするために。
・「自分の人生はうまく行っていないけれど、もっとひどい人だっているんだ」と思わせるためのもの。「あんな大変な人もいるんだ」と。
・私は「障害者」という言葉を意図的に使ってきた。なぜなら、私たちの身体と病名よりも、私たちの生きる社会のほうがより強く「障害」になっていると感じているから。

まあ、考え方の根底は士農工商と同じです。
昔から人間、大して進歩してないってだけです。

 感動ポルノ―――。
 これほど多くの人たちを後ろめたくする、悲痛な悲しみに満ちた言葉に、私は出会ったことがない。
「もっとさ~、普通に扱ってよ。別に私たちは、みなさんを感動させるために存在してるわけじゃないよ。普通に生きてるんだよ。みんなだって、そうでしょ?」
 そうステラさんは訴えたかった。

ここの内容は多分間違っているのですが、
私の文章力ではニュアンスが伝えられません。
「普通に扱ってよ」=「特別視するな」ではないと私は考えています。

「普通に扱ってよ」という言葉が出てくる時点で
ブログの著者が自分とステラさんは違うと思っていて、
それがもう「感動ポルノ」になっているのですが、
ここのニュアンスはなかなか伝わらないですよね。

「多くの人たちを後ろめたくする、悲痛な悲しみに満ちた言葉」
とありますが、これもどうなんでしょう?

悲しみという部分が「感動ポルノ」そのものですし、
私がこの言葉を初めてみた時は拍手喝采という気持ちしか
ありませんでした。

ただの風刺ですよ、これ。皮肉です。
悲しみなんて無いです。
悲しみと受け取ることが「感動ポルノ」です。

そのくらい「感動ポルノ」って普通の人にとって当たり前なんです。
だから「ポルノ」なんです。

感動ポルノという言葉から、「私たちに同情しないでよ!」という怒りが、肌にビンビンと突き刺さる。同情は、自尊心を傷つける刃だ。そして、感動もまた、刃になる。「あなたに勇気をもらった」「あなたはすばらしい」」――。そういった障害への“まなざし”こそが、障害者にとっての「障害」を産んでいたのである。

ここも違うと思います。

そして、ここも上と全く同じで、「私たちに同情しないでよ!」
という記述がまさに「感動ポルノ」そのものなのですが、
ここのニュアンスが伝わる自信がありません。

文章力のない私では伝えられなくても、
「同情」についてならいい台詞を知っているので紹介します。
「魔法科高校の劣等生」17巻から雫の台詞を引用します。

17巻 P.130 雫
「ほのかがどう思っているかなんて関係無いんだよ。
 他人は、自分のために同情するんだから」
「可哀想だって同情することで、可哀想じゃない自分を確認して安心するの」

「同情」とは「同情」してる人の中で勝手に完結するものなので、
雫の言うとおり「同情」される側の人間がどう思っているかは関係ありません。
だから「同情しないでよ!」という言葉が出てくること自体が
「感動ポルノ」なんですよ。

この微妙なニュアンスのズレが伝わるでしょうか。

<閑話休題>

ここまで2つほど、ブログの著者が引用した内容と著者の捉え方が
ズレていると私は解釈していますが、記事に出てくる次のタイトル
「「勇気をもらった」の裏に存在する優越感」という表現は
的確に核心をついています。

認識がズレていても核心がつける、この微妙なズレこそが
問題を難しくさせる要因だと私は思っていますが、
この感覚、伝わるでしょうか。

で、ブログの記事を少し飛ばします。

以下の内容は、日本における障害学の第一人者である
福島教授の主張を引用したもののようです。

「生産活動にプライオリティをおいている社会である以上、障害者は社会における“無駄な人”。より効率的、目的合理的に行う社会活動の潮流が進めば進むほど、その中で無駄だと見なされる人の位置はシリアスになりうる。どこまで社会を効率化する必要があるのか? 立ち止まって考える必要があるのではないか?」

これはまさにその通り。

このブログの記事は引用した内容は非常に的確な内容ばかりなのですが、
その引用した文章の奥に潜む問題の捉え方が間違っていまして、
私が読んでいると、ああ、うん、こうやって弱者への
認識が歪むんだろうなーと思わずにはいられないです。

普通の人と言われる「強者」とそれ以外の「弱者」。
この対比はあらゆる事象や場面で変わらないんですよ。

「弱者」は障碍者でも自己肯定感の低い人でも子どもでもみんな同じです。
問題の根源は全て同じです。

軽度な障害から起こる生きづらさ

障害者手帳がなければ障害者ではないのか?軽度な障害から起こる生きづらさ。

このあたりの問題の根源は、
「役に立たないものは生きる価値が無い」
という、一つ上で紹介した福島教授の指摘が全てなんですよね。

資本主義が行き過ぎて誰もが踊らされ、
その社会のレールから外れた時に問題に気付く、ただそれだけです。

正直、どうやったら流れを変えられるか分からないので、
私も指摘しかできないですけど。
だって、一度レールから外れてしまった私自身が
社会的に浮上できる見込みなんてどこにあるの?状態なのですから。

ブログって記事を単体でしか読んでもらえないんですよね

最初の記事であったのですが、

私は1年近くブログをやり、読み手は記事単体しか読まないことを知りました。

そうなんですよね~。

これって絶対に大手のブログ機能が貧弱だからだと思うのですが、
もう、そういう流れになってしまったのでどうしようもなくて。

私のブログは、ブログ内検索をすると該当する全ての記事が抽出できますし、
カテゴリをクリックすると一覧に飛ぶことができます。
ブログ内から欲しい情報を割と楽に探せるのですが、
何しろそういうブログが少数派なので使ってもらえなくて。

プログの読み方の記事を書かないとダメなのでしょう。

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