これほど私に都合のいい状況が今まであっただろうか

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26時半から書き始めとか・・・、うん、まあ、頑張ります。
時間がないので乱文です。推敲しないとこれだけ酷くなります。
一回推敲してメタメタになったのでとりあえずこのまま掲載します。

この記事の経緯とか

元々、昨年末に記事にしようとして準備したのですが、
2月頭に体調を崩して3月頭によくなってきた時にも
うん、私に都合がいいよねって思って。

で、3月中旬からまた体調を崩して4月はずっとヘロヘロで、
4月末に大発作を起こして何も受け付けなくなって栄養失調になって、
もうてんやわんやだったところからようやく体調が戻りつつある今も
やっぱり心境が変わっていないので記事にしておこうかなと。

「雨降って地固まる」を延々と繰り返してる感じ

なんだろ、昨年4月に鍼灸治療の好転反応が出始めてからずっとそんな感じです。
私の感覚で言えば「洪水で全部流された後、土が肥える」みたいなものです。
よくなるのに3ヶ月から2年以上掛かっていますし。

ただ、その中で、私がずっと試行錯誤していたものに対しても
フィードバックというか答えが帰ってきたものがものすごく多くて、
これまでにやってきたことって無駄じゃなかったんだなあと強く感じる
ことばかり起きていました。

私の中では無駄とか無駄じゃないとかそういうことはどうでもよくて、
ただ「今を私が歩きたいように全力で歩く」ことを続けてただけなので、
いまさら過去20年30年分のフィードバックが押し寄せてきて、
逆にびっくりしたくらいでした。

中学2年の時に私の時間が止まったことを意識してから早20年以上、
昨年、ついにその時間が動き出しましたし、
私がやることなすこと何でも嬉しいし楽しいし。
ま、そりゃ痛い時は痛がってますけれど。

何も食べられない状態から、残留農薬で大概のものが食べられない状態に
ランクアップしたというのに、今はとても美味しく食事も頂けていますし、
ほんと、あんな酷いことばかりだったのに、
何でこんなに嬉しいことばかり起きているんだろうと思うくらいです。

そりゃ、まだフィードバックが帰ってきていないものもありますけれど、
日々の日常がこんなに穏やかで楽に過ごせていた時期って私の過去には
一度も無かったんですよ。幼稚園の頃にまで遡っても無かったんですよ。

唯一、仕事を休職中に北海道に1ヶ月間静養に行ってた時くらいですね、
時間の流れが穏やかに感じていたのは。
今、体調は相変わらずですけれど、それでも普通に生活するって
こんなに楽なものなのかと每日思うくらいです。

体調不良の感覚は普通の人には伝わらない

不定愁訴があるために生きることが大変という状態が
普通の人には伝わらない理由がよくわかりました。
昨年と今とで私の身体の楽さがあまりに違い過ぎますもん。
普通の人が想像できないほど酷かっただけなのですが、
それが当たり前だった私には分からなかったという何とも悲しいオチでした。

どこまで回復するかはわからない、回復しないかもしれない、
でも、私は毎日毎日最善を尽くして必死に生活していくことには変わりありません。
できることをできる範囲でできる限り頑張るのは私のモットーでしたが、
鍼灸の先生からは止められてます。
頑張るなと、淡々とこなせと、今までがあまりに頑張り過ぎだと。

頑張り過ぎることを強要する今の空気に感じる違和感を、
もう少し強く意識してみませんか?

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