「GIFT」という考え方って私はずっと大嫌いで

スポンサーリンク

ひとつ前の記事に追記を。

最近の私の主題歌「GIFT」
「石川智晶/私のココロはそう言ってない」#CDレビュー
http://purepure.wp.xdomain.jp/archives/3964

先の記事の通り「GIFT」とは才能、つまり神様からの贈り物を指します。

で、何故「GIFT」という考え方が嫌いなのかと言いますと、
スター選手を見て才能があったからできたんだと僻み(ひがみ)、
何か不祥事を起こしたらそら見たことかと蔑み(さげすみ)、
才能がないから自分はできなくていいんだと思考停止する、
いわゆる普通の人と言われる人たちの考え方が許せないんですよ。

特に蔑む思考に発展するのが個人的に大嫌いで。

自分を慰めるために他人を容赦なく突き落とすことに躊躇しない、
そういう人のことを指す言葉として、冴えカノの著者の丸戸さんの
言葉を借りて「リア充的ゲスさ」って表現したいです。

自己肯定感が低い人ってかなり多く見てきましたけど、
私が見る限り、これができないほど優しいってだけなんですよね。
(他人を蹴落としてまで自分を擁護できない)

ですが、一般的に「自己肯定感が低い人」とは、
->「普通とは違う人」
->「半端者、能力の低い人、下等生物、貶す対象」
という三段論法で展開されています。

この三段論法のように他人を貶すいわゆる普通の人の「ゲスさ」を
社会的経験値の低い私ですらもう目に余るほど見てきていますが、
「自己肯定感が低い人」の頑張りをこれまたたくさん見てきている
私にとって、普通の人が「当たり前」と捉えているものの考え方は、
そのほとんどが受け入れられないんですよ。

私がいつも「普通とは違う」と書いているのは、
こういうズレをずっと持ち続けているということです。
それこそ小学校低学年の頃からずっとですけれど。

私から見れば、他人の才能を認められないような輩が
自分の才能を見出すことは決してできないという
極々当たり前の結論から目を背けて何してんだって話なのですが。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
TrackBack URL :
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

/////////////////////////////////// // ★Amazon用JavaScript /////////////////////////////////// ?>